スポーツ

ラグビー福岡堅樹は引退後、医学部へ!祖父や医師との出会いがきっかけに

福岡堅樹引退の画像

ラグビー日本代表が掲げる「ベスト8」の目標を達成するための命運を握るのが「福岡堅樹」選手です。世界からもスピード力を認められ、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチからも期待されている大注目の選手です。

そんな福岡堅樹選手が、2020年東京オリンピックを最後に、アスリートを引退すると発表しています。そして引退後は医学部へ進学し医師の道と進むそうです。

福岡堅樹選手は、なぜ医師の道へ進むのか?そのきっかけとなった祖父の存在や、ある医師との出会いについてご紹介します。


 

ラグビー 福岡堅樹のプロフィール

まずは福岡堅樹選手の基本的なプロフィールをご紹介します。

福岡堅樹の画像

【名前】:福岡堅樹(ふくおか けんき)
【生年月日】:1992年9月7日
【年齢】:26歳
【出身】:福岡県古賀市
【出身高校】:福岡高校
【出身大学】:筑波大学 情報学群
【身長】:175cm
【体重】:83kg
【兄弟】:姉
【ポジション】:ウィング
【所属チーム】:パナソニック ワイルドナイツ・サンウルブズ

もう少し詳しいプロフィールを見ていきましょう!

ラグビーを初めたきっかけは父

5歳の時、ラグビー経験者だった父親の勧めでラグビーをはじめたそうです。アスリートの魂(NHK)出演時に福岡堅樹選手の父は、

「足が速いから、ボールを持って走り出すと他の子が追いつけない」
「だから、本人も最初から面白かったんだろうと思う」
「ラグビーだけは喜んで行っていました」

等とおっしゃっていました。
小さい頃から足が早く、足の速さは持って生まれた天性の才能だったのですね!

ちなみに、勉強は学校の授業だけで塾には行っていなかったそうです。

アスリートの魂(NHK)「この足を生かしきれ~ラグビー・福岡堅樹~」の番組内容は、こちらからご確認ください。

中学で初の全国大会へ

中学で初めて福岡選抜として全国大会に出場しました。

中学校では陸上部に入り、走り込みをして、土日はラグビーという生活を送っていたそうです。先生から早く走れるフォームを教わり、跳躍や三段跳びなどにも挑戦しました。
陸上部での経験が基礎となり、今の福岡堅樹選手があるのですね!

ちなみに中学時代の勉強は、短時間で要点をつかんで要領よくやっていたそうです。文武両道で尊敬しますね!

高校は全国高校ラグビー出場!文武両道でピアノもしていた!?

入学した福岡高校の偏差値ははんと72!さらに全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場!まさに文武両道です!

文武両道のコツは、「オンとオフのメリハリをつけること」で、息抜きにバンドもしていたそうです。なんと3歳から中学3年生までピアノを習っていたというので驚きです!そのピアノやドラムを担当していたそうです。

何でもできるスペシャリストですね!

高校卒業後は、医師という夢を叶えるため「医学部」進学メインで考えていました。ラグビー部にも入ろうとは思っていましたが、優先順位は医学部の方が上だったそうです。そして国公立でラグビーの強豪である「筑波大学医学部」を目指したのです。(毎日新聞より)

浪人時代、重大な人生の岐路に立つ

大学受験に失敗し、浪人を決意した福岡堅樹選手。浪人中葛藤があったそうです。報道ステーション(テレビ朝日)の取材によると、

「高校のときの同期が、大学ラグビーで活躍しているのを見て、怪我で挑戦できずに、もっと上に行けたのかなっていう思いが残った」

そうです。(怪我については後でお伝えします)前期試験で筑波大学医学部へ合格できなかった福岡堅樹選手に、残された道は3つでした。

もう一年浪人する

後期試験はレベルを下げて、ラグビー部のない国立大医学部へ入学する

後期試験は筑波大学の別の学部に入学し、ラグビーを続け、将来医学の道へ再び挑戦する

「どの道を選ぶのが一番後悔しないか」考え、
「医学の道は一度他の道を志してからでももう一度チャレンジすることができる」と思い、「両親もどうしてもなりたいのならサポートしてあげる」という優しい言葉をかけてくれたことから、「自分は思いっきってラグビーに集中しよう」ラグビーの道を志したそうでうす。

浪人生活をしたことで、ラグビーへの強い気持ちが現れたのですね!すごく葛藤し、悩んだと思いますが、ラグビーへの後悔・情熱が勝ったのですね。

そして筑波大学情報学群に入学します。

大学・社会人で日本代表へ!

・2015年:筑波大学在学中にワールドカップ日本代表へ
・2016年:パナソニックワイルドナイツに加入後、リオデジャネイロオリンピック日本代表へ
・2019年:ワールドカップ日本代表へ

大学入学以降、凄まじい活躍ぶりですね!

さらに、卒業論文では医師の夢につながる「生物画像処理」という分野の研究テーマを選んだそうです。医学に画像処理を活かす研究は遅れていることから、情報学群に進んだことは決して回り道ではないと言っています。(事業構想大学院大学より)

文武両道で非常に尊敬しますよね!2020年まではラグビーの道で、それ以降は医師の道で活躍すること間違いなしですね!


 

ラグビー 福岡堅樹は東京オリンピックで引退!医学部へ

ラグビー 福岡堅樹選手は東京オリンピックを最後に引退をし、医学部へ進むことを発表しています。医学の道へいつから進もうと思っていたのでしょうか?

福岡堅樹選手の家族は、

・父親:歯科医
・祖父:内科医

とまさに医学一家なのです!そして、福岡堅樹選手は、

家系的な影響もあり、父、祖父への尊敬もあって、漠然と小学生くらいから医者になりたいとは思っていました。

引用:毎日新聞 より

と言っています。小学生の時から何となく医師の道を目指していたのですね!そこからずっと文武両道で夢を追いかけていたとは、すごいです!


 

ラグビー 福岡堅樹が医師をめざすきっかけは祖父と医師との出会いだった

ラグビー福岡堅樹選手は小学生のときから漠然と医師を目指していましたが、医師を目指すきっかけになた2つのことをあげています。1つ目は「祖父の存在」2つ目は「怪我をした時に出会った医師の存在」だそうです。

祖父の言葉が心に刻まれ医師を目指す

歯科医である父親と内科医である祖父を尊敬していたことから、小学生で「医師」を夢に掲げています。しかしそれだけではなく、内科医である祖父がかけてくれた言葉が、常に心に刻まれており、それが1つのきっかけだそうです。(ニュースNHKより)

【祖父の言葉】
「能力を持って生まれてきた人間は、社会に還元する責任がある」
「お前にはそれができる力があるのだから」

この言葉が大きく心に残っているそうです。祖父の、この言葉を受けて、福岡堅樹選手は、

「ラグビーだけで世界トップクラスになる能力はまだ足りない」
「勉強だけで東大などで勉強している人には勝てない」
「でも、文武両方の道で一流になることは負けない」
「自分にしかできない道を行きたいと思ってこういう道を進んでいる」

と言っていました。素晴らしいですね。孫の才能をしっかり見抜ける祖父も尊敬しますよね。

怪我をした時に出会った医師に憧れ、医師を目指す

福岡堅樹選手は高校時代2度、選手生命に関わるような大きな怪我をしています。

・高校2年時:左膝前十字靭帯断裂
・高校3年時:右足前十字靭帯断裂

福岡堅樹の怪我の画像
ラグビー日本代表 福岡堅樹の怪我が心配!世界も認める加速力が原因? ラグビー日本代表 福岡堅樹選手は、日本のキーマンとして大注目されています。注目理由は、「加速力」です。世界ランキング2位のニュージーラン...

そして2回とも手術を受けています。その時、整形外科の先生「前田朗」医師に出会ったことが2つ目のきっかけだそうです。

福岡堅樹と前田朗医師の画像

引用:日刊スポーツ より

高校2年生で怪我をした時について福岡堅樹選手はこう語っています。

「前十字靭帯は一度切ってしまうとスピードが落ちたり感覚が戻ってこないと聞いていたのですが、その先生は『リハビリをすれば、前と同じようにスピードが戻るから』と心から安心できる説明と治療をしてくれました。きちんとリハビリを受ければ、必ず元の舞台に立てるのだと信じさせてくれる言葉と治療をいただきました。先生はとても尊敬できる方です」

引用:事業構想大学院大学 より

高校2年生の夏に怪我をし、高校3年生の5月には復帰できたのです!しかし、高校3年生の7月に再び怪我をしてしまいます。

前田医師は「将来を考えてすぐに手術をすること」を勧めましたが、手術をすればリハビリに時間を費やされ、高校ラグビー選手なら誰もが夢見る「花園」の全国大会のピッチに立てなくなってしまいます。

「花園のために3年間頑張ってきた」という福岡堅樹選手の思いに応えました。

前田は患部の状況を何度も確認し、悩んだ末に「保存療法」を提案した。手術を回避し、周囲の筋肉を補強したりすることで「しのぐ」方法。前田は包み隠さず置かれた状況を伝えた。

「確実な方法ではないし、リスクもある。ずっと綱渡りしながらゴールに向かっていくようなもの。いつ落ちるか分からない。最後までいけたらラッキーだけど、落ちたら、その時は諦めなさい。予選で負けても、花園に行けても、大会が終われば手術だからね」

引用:日刊スポーツ より

前田医師のおかげで、福岡堅樹選手は花園で破れた2回戦まで、4試合に出場しました。2人の厚い信頼関係があったからこそ、花園2回戦の試合まで出場できたのですね。

そして前田医師が医学の道を志すきっかけとなり、憧れの存在であることも語っています。

「あの時、花園のピッチに立てていなければ、今の自分は間違いなくない。前田先生が選択肢を与えてくれなければ、代表になりたいと思うこともなかった。医学の中でスポーツ整形を目指そうと思ったのも先生の影響。けがをした不安の中、この人の言うとおりにすれば戻れるという雰囲気、安心感を感じた。W杯で活躍し、いつかは前田先生のような医師になりたい」

引用:日刊スポーツより

本当に厚い信頼関係で結ばれていますね。2人の出会いの詳細について書かれている日刊スポーツの記事は、読んでいてとても感動します。私はその空間を想像しながら読んだら、涙が出るほど感動してしまいました(泣)是非、読んでいただきたいです!

日刊スポーツの記事は、こちらからご確認ください!

 

ラグビ-福岡堅樹選手が医師を目指すきっかけとなった、「祖父の言葉」と「前田医師との出会い」についてご紹介しました。ご自身がこれだけ怪我に苦しみ、多くの経験をしているからこそ、相手の気持ちが分かる素敵な医師になること間違いないでしょうね^^


 

まとめ

ラグビー日本代表の大注目選手、福岡堅樹選手は、2020年東京オリンピックを最後にアスリートを引退し、「なぜ医師の道へ進むのか?」そのきっかけとなった祖父の言葉や、前田医師との出会いについてご紹介しました。

2020年東京オリンピックまでは、最前線で大きな怪我なく活躍し続けてほしいですし、その後は、医学の道で素敵な医師になってほしいですね!きっと多くの患者さんを救い、笑顔を届ける人気の医師になると思います^^

福岡堅樹の怪我の画像
ラグビー日本代表 福岡堅樹の怪我が心配!世界も認める加速力が原因? ラグビー日本代表 福岡堅樹選手は、日本のキーマンとして大注目されています。注目理由は、「加速力」です。世界ランキング2位のニュージーラン...